ネガティブ思考でHSPの人生どん底ブログ

自分の今まで体験した不幸体験などを綴っていきます。コミュ障・対人恐怖症・社会不安障害・HSP・うつ病などを体験し、生きづらい日々を送る人生。この人生から脱却できるのでしょうか。

赤ちゃん時代(母から聞いた話)

我が家はど田舎で、貧乏な家でした。

なんとか最低限の衣食住は、出来ていました。

 

当時、曽祖母、祖父、祖母、父、母、兄、私の7人家族でした。

父は母の実家に入ったので、マスオさんです。

 

 

父の給料が安定していなく、母が働きに出なければ生活出来ませんでした。

母の育児休暇は1ヶ月だけ。

私が生後2ヶ月には、母は仕事へ復帰していました。

 

さらに私は哺乳瓶を全く受け付けず、母乳しか飲まない赤ちゃんだったそうです。

 

つまり…母がいなければ、何も与えられない。

水分補給さえも出来ない。

 

母は昼休憩に一度自宅に戻り、その際に母乳を与えただけだそうです。

母が仕事に行く前、昼休憩、帰宅後…3回だけしか食事(母乳)を与えられませんでした。

 

赤ちゃん育てた方なら分かると思いますが…、こんな回数の母乳では全然足りません。

 

今の時代なら確実に育児放棄、栄養不足と言われるでしょう。むしろ虐待を疑われるかな?

よく生きていたな私…と今なら思います(笑)

 

更に母はフルタイムで仕事、土日も我が家は農家だった為、田んぼや畑仕事などをやり、ほとんど私と過ごす時間はありませんでした。

 

私の世話は、曽祖母(ひいおばあちゃん)がしていたようです。

泣きじゃくるので、ずっとおんぶされていたとか。お腹すいてるからそりゃそうだわな。。

 

今更ながら、私は赤ちゃんの時から色々可愛そうだったんだなって(笑)

 

まぁ、母が悪い訳ではなく、仕方ない状況だったからなんですが。。。

 

そんな赤ちゃん時代を過ごしながらも、なんとか成長していったようです。