ネガティブ思考でHSPの人生どん底ブログ

自分の今まで体験した不幸体験などを綴っていきます。コミュ障・対人恐怖症・社会不安障害・HSP・うつ病などを体験し、生きづらい日々を送る人生。この人生から脱却できるのでしょうか。

家族について (母親編)

[母について]

 

私にとって母は、とても厳しい人で子供の頃は大嫌いでした。

それでも離婚してからは、私たちの為に必死に働いてくれました。

大人になってからは、職を転々とし安定しない私を支援してくれて、とても感謝しています。

 

しかし、更年期障害時には、私に非がなくとも八つ当たりで怒鳴り散らし、まるで祖父のようになりました。

子供時代に母からの愛情を受け取る事がなく、けなされる事はあっても、あまり褒められる事がなく…

私がうつ病を発症した時は、叔母たちと一緒になって、「怠け者なだけだ!」と責め立てられました。

とても辛かったです。。

 

 

母はフルタイムで働き、夜も外回りの仕事をし、ホントに多忙な日々だったと思います。

家事は全て祖母がやっていたので、仕事に集中できたのでしょうが。。

休みの日に何処かに連れて行って貰ったり、家族で外食などほとんどなかったです。

 

母は厳しい人で、人目を気にして、少しでも他の人と違うことをすると、厳しく叱られました。

 

一番辛かった事は兄との比較でした。

兄は大切に育てられました。母は兄を先生にする事を夢見ていました。

なので兄はひたすら勉強ばかりさせられていました。なので兄は学年で3位以内を常にキープする秀才でした。

 

逆に私は放置されて育ちました。

運動が大好きで、勉強は嫌いでした。

成績も良くありませんでした。(この理由はまた後ほどアップします)

 

兄と喧嘩をすると、どんな理由であれ私が悪者にされました。

理不尽な事で叱られたこともあります。

 

忘れもしない出来事があります。

秀才で優秀、親に刃向かう事なく良い子だった兄が、唯一一度だけ母にワガママを言った事があります。

ある物を欲しがったのです。しかし、それは当時それなりに高い物でした。

兄は泣きながら母にお願いしていました。

母も困りました。良い子の兄に買ってあげたいが、値段が高い…悩んでいましたが、結局買わなかったです。

そして何故か怒りの矛先が私に向いたのです。

母は私を責め立てました。お前のせいで兄がこんな風になったと…

兄が欲しがった物は、私が当時好きだった漫画のグッズ。私はその漫画を読んでいただけです。

 

母曰く、

「お前がそんな漫画を読んだせいで兄がおかしくなってしまった!反抗などした事のない兄をお前が変えてしまった!責任とれ!!」

 

この時はあまりの理不尽さに本当に意味が分かりませんでした。なぜ私のせいなのか?当時小学3か4年生くらいだった私には悔しくてたまりませんでした。

 

 

そんなこんなで常に兄と比較され、出来の悪い私は、いつも悪者扱い。

母親以外にも母の妹2人(叔母)からも、出来損ない攻撃を受け…「私はダメな人間なんだ」と自尊心がない人間に育ちました。

 

※後で母の妹たち(意地悪な叔母)についても書いていきます。

 

母も祖父のせいで散々苦労しています。

フルタイムで働き、土日も農家の仕事…休みなく働かされ、毎日祖母や父を罵倒する祖父を止めに入ります、壮絶だったと思います。

その多大なストレスは…全て私に来ました。

兄は滅多に叱られません。私は些細な事でも、母の気に触ると怒鳴られました。

 

母に対して一番苦しかった時期は更年期障害の時です。もうめちゃくちゃでした。

私が関係していない事でも怒鳴りつけました。

自宅にいなければ、携帯に電話をかけてきてまで罵声を浴びました。

 

〇〇が壊れた!なんとかしろ!!!!

お前がいないせいで、〇〇だ!!

何をしている!今すぐ帰れ!!(用事もないのに)

熱がでた!お前のせいだ!!!

雨が降った!お前のせいだ!!

 

気に入らない事は全て私の責任だという事になっていました。

本当にこの更年期障害の時期は、今までの人生で母親に対しての嫌悪感はMAXでした。全てが理不尽でした。なにかをしてもしなくても、悪い。

自宅に居てもいなくても悪い。

もうどうしようもなくなった私は一時的に親戚の家に逃げました。。。

 

この時期は母も精神が狂っていたと思います。

母はこの時期、仕事で嫌がらせに会い、左遷され…全く知識がない仕事、男性と同じ仕事をやらされていました。

母も気が強いのが仇となり上司にイビられていたそうです。それでも食って掛かり更に酷い目に。。。

 

更に祖母の他界により、祖父を憎み、自宅では祖父と母の罵声の浴びせあい。

 

母は、更年期障害に加え、仕事と人間関係のストレス、祖父のストレスを全て私にぶつけました。

そうしないと精神が保てなかったようです。

母もとても苦しかったと思います。

しかし私もサンドバッグ状態で辛すぎました。

 

そんな事もあり、母は仕事を早期退職しました。

それからは穏やかになってきました。

祖父が脳梗塞で倒れ、介護をしていましたが、わりと早く他界した為、今では全ての荷がおりたようで有意義に過ごしているようです。

 

今は母との関係は、良い距離感を保てば良好です。

近すぎるとダメですが…(実家に長期で泊まると不機嫌になります)

 

母にはとても感謝していますが…愛情を貰えなかったこと、比較され、けなされ続けた辛い思いもあり、好きかと聞かれたら別に…って感じです。

 

何より、この私の性格を作り上げたのは、やはり祖父と母だと思います。(ついでに叔母も)

自身が持てず大人になったせいで、生きづらさは半端ないです。